選挙が引き出しやすい僕らの性質と、これからの社会をつくるということ

参院選が今週末に近づいてきました。
僕もこの国を作る責任がある人間として楽しんで投票しようと思います。

 

たくさんの友人がこの選挙に関する情報をシェアしてくれるおかげで、ある着想が浮かびました。それは、今回の選挙は「目覚めのきっかけ」だということです。

 


自分と違う主張「改憲」に共感できる部分がある

 

僕自身は今回の選挙の最大の争点を「改憲」においていて、もっというなら今の議論のない状態での改憲には反対の立場です。

 

また自民党支持者が論点にしたい「アベノミクス」にもあまり成果を感じない価値観にいます。

 

ただ改憲の主張や姿勢にも共感できる部分があったりします。

 

僕を含め日本人の多くは第2次世界大戦を正面から総括できておらず、それが改憲の議論をすることすらタブー扱いする風土を作ってきたと思います。さきほど「今の議論のない状態での改憲に反対」と言っておきながら議論のテーブルにつくことを拒んできたとも言えます。

 
また、第9条で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」としながらも”解釈改憲”という不思議な概念で自衛隊を作り上げ、また容認してきた”ごまかし”をやめ、正面から話すべきタイミングに来ていると思います。

 

これらは今回の選挙があったからこそ自分の中に生まれた視点です。

 


選挙が引き出しやすい僕らの性質

 

そんなことを考えながら、個別の主義主張ではなく「選挙」という仕組みそのものを考えるてみると、根底にあるのは「数の多いほうが強くて、少ないほうが弱い。弱い方は強い方のいうことを聞く」という世界観です。

つまり選挙という枠組みには「自分の主張が、他者の主張より素晴らしい」ということを証明するエッセンスが入っているということであり、もっと正確にいえば「現在の僕らの価値観でいえば、選挙になったとたんに、他人より自分が正しいと証明する性質が引き出されやすい」と言えます。

 

異なる価値観を認め○○○○○○とか、多様性を活かして××××××などという誰も反対のできなそうな正論を社会の表の顔として持ちながら、最後の一手はパワーゲームだよね、とみんな合意しているとも言えます(笑)これはなかなかシュールです。

 


ここを契機としてどこに向かうのか

 

だから選挙に行っても仕方がない、とか選挙が無駄と言いたいのではありません。

 

(今回の参院選を通じて本当に大事なのは「参政意識&リテラシーの向上とその表れとしての投票率の上昇」だと僕自身思いますし、難しいことを言わずにまずは自分の目と耳で候補者を選び、呼びかけ、行動することだと思います。また今回の選挙を自分の表現として思い切り行動することは、当面の行動としては最優先です)

 

そしてそれと同じくらい大事なのが、今回の参院選を”結果”ではなく”契機”にすることだと思います。

 

選挙というルールが見せる夢は“勝ったほうが力がある。自分の主張を現実化できる”というゲームです。

僕らはそのゲームから出る必要があります。

 

例えていうならば、改憲反対票を集めて躍進した共産党が「民意を得た」と自民党の改憲派を攻撃するのではなく、改憲の根底にある願いにたどり着く話し合いができるのか。

 

例えば圧勝した自民党が、SEALDsや選挙フェスの中に僕らの社会にとって必要なエッセンスを見出すことができるのか。

 

三宅洋平氏の支持者が、自民党保守派の本当に大事にしているものに繋がるコミュニケーションができるのか。

 

今は認知していない、他の主義主張や声の存在を意識しつづけることができるか。

 

 

選挙というルールの勝敗に一喜一憂してなお(←ここ大事(笑))、驕ることなく絶望することなく。自分自身の大事な部分を握りながら、違う価値観を持つ人と今はまだ存在しない選択肢を作る。そんな世界に僕らは足を踏み入れているのだと思います。

 

自分の世界観を大事に思いながら、どこかでそれも幻想かもしれないという感覚とともに。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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