歴史に残る取り組みが2016年こっそりとはじまっている~「2つの桶」でわかるSDGsの本質~

2015年9月25日、国連加盟の150か国以上が全会一致である行動計画を採択しました。

 

「人類史上、決定的な瞬間だ」

 

国連のパン・ギムン(潘基文)事務総長がそう語るこの計画は、ひとことでいうと「これからの15年間で地球上のいろんな問題を全部同時に解決しよう」という壮大なチャレンジです。

「持続可能な開発目標」と呼ばれるこの行動計画は、英語での頭文字をとってSDGs(エスディージーズ)と呼ばれたりします。

 

SDGsは「あらゆる形態の貧困に終止符を打つ」「持続可能かつ近代的なエネルギー」「気候変動に対処する」など17個のゴールからなり、それぞれ具体的な行動目標として169個のターゲットを設定しています。そしてこれらゴールを2030年に達成するとしています。

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こんな壮大な計画が全会一致で採択されたこと自体がすごいこと(採択にいたる過程ではちょっと壮大すぎて合意できないんじゃない?みたいな見方も強くあった)のですが、その最大の特徴は2つあります。

 

・全員参加でやる
発展途上国の問題/先進国の問題とわけるのではなく地球上の問題なのでみんなでやる

・全部同時にやる
すべての問題は関連しているので、同時並行でやる

 

と書くと、なんだか道徳チックで夢見がちなアプローチに聞こえるかもしれませんが、実はもっと現実的で打算的で差し迫った話でもあります。

 

別の言葉でいうと今の地球上の問題は部分的な解決ができない、つまり壮大にやるしか方法がないともいえます。この「なぜ壮大にしかやる方法がないのか」ということを2つの桶というキーワードを使って考えてみました。

 

そうすることでSDGsの本質、つまり地球上の壮大な(どこか他人事とも思える)計画が実は私たちの毎日の暮らしと直結していて、分割することのできない、同じ話題なのだということがよくわかります。


 

まずひとつめの桶は「風が吹けば桶屋が儲かる」の桶です。

ご存じのとおり「ある出来事が一見すると全く関係がないと思われる場所 ・物事に影響が及ぶ」ことのたとえです。

 

ひとつの例をあげてみると、たとえば過激思想によるテロ事件は、実は宗教が原因なのではありません。根底には貧困や社会的格差、差別への絶望と怒りが根底にあり、その向かうところを見いだせないエネルギーのはけ口として過激思想を持つ組織が存在しているのです。

 

そんな組織が、なぜこうした強い支持を得るようになっていったかといえば、それは私たちが自分たちの発展のために石油を安定的に得ようとして中東で独裁的な政権が樹立されるのを支持したことや、移民がさまざまな面で有形無形の差別を受けていることなどとも深い関連があると言われています。

 

「風が吹けば桶屋が~」っぽくいうならば「生活を豊かにしようと思ったら(中略)銃撃された」みたいな感じでしょうか。まさに一見すると全く関係がないと思われる物事が実はつながっている。

 

そしてその関係性の連鎖はここで終わりません。この「銃撃された」が新しい出発点になって社会的偏見が拡大し、差別が拡がりますます過激思想に走る若者が増える、といった具合に切れ目のない一つのつながったシステムとして作用する可能性があります。

 

つまりすべては切れ目なくつながっており、どれか一つの要素だけを取り出して解決することが難しい状況にあるということです。さまざまなつながりを考えていくつかの問題に同時にアプローチをしていく必要があるのです。

 

今のケースで一例をあげるなら

・過激思想をもった組織が活発に活動する国で教育を充実させる
・都市でマイノリティーが受け入れられる社会コミュニティをつくる
・効率と価格重視の消費の仕方を見直す

といった風に一見別の問題と思えることに同時に働きかけていくことが必要です。

いまわたしたちが住む世界は、情報技術と経済システムによってますますつながりを強めているので、こういう「風桶」的な事例はどんどん増えていっています。

 

 

ふたつめの桶は「ドベネックの桶」と呼ばれるものです。これは言葉で説明するよりも図でみたほうが直観的に理解できると思います。

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(画像はwikipedia「Liebig’s law of the minimum」より引用)

 

この考え方は「リービッヒの最小律」という植物の成長についての理論がもとになっているのですが、一言でいえば

「桶の中の水は、一番低い板に合わせてたまる」ということです。

たとえばさきほどのテロの例でいえば、遠いところの誰かの不幸が、連鎖してテロという形で私たちの幸せにダイレクトに関わってきます。

 

また私たちの生活を彩るリーズナブルな製品や食糧は、気候変動や環境汚染という形で、近い将来の幸せに影響します。(ちなみに近い将来とは子や孫の世代という意味ではなく今生きている世代も存命のうちに、という見方が最近の主流です)

 

つまり「風がふけば~」のように互いに密接につながりあった世界で生きている私たちにとって、もはや地球上の誰かの不幸はそのまま誰かの不幸では終わってくれないのです。また自分に関係のないように見える問題は、私たちに関係のない問題のままで終わってくれないのです。

 

目に見えて体感する形で、私たち自身にも返ってきます。

 

別の言い方をすれば21世紀を生きるわたしたちは「ドベネックの桶」のように、全体で幸せや問題を共有している存在になったとも言えるでしょう。

 

だからSDGsの本質は「地球上の壮大な(どこか他人事とも思える)行動計画が実は私たちの毎日の暮らしと直結した”同じ話”なのだ」ということであり、もはや我々の問題は「関係者(つまり全員)で壮大に同時にあつかわれる」必要があるということなのです。

 

なんだか悲壮感が漂ってきましたが(笑)、同時にこの状況は新しい可能性も示しています。

 

従来の枠組みでは途上国や環境の問題に関わるには、倫理や道徳や良心だけが頼りだったのかもしれません。でも2つの桶の視点で考えればもっとしたたかでもいいし、エゴイスティックにだって世界の現状に関わることができます。例えば自分と家族の幸せを守るためにフェアトレードに参加する、というようなところからスタートすることができるのです。

 

またSDGsという包括的な枠組みがあることで、自分が一番関心がある部分、力を発揮できる部分に集中して取り組むことができるようになると思います。

 

加えて大きな問題に向き合うときにありがちな「どうせこんなことしたって焼石に水だ」という無力感にとらわれることも少なくなり着実にアクションを積み重ねていきやすいようにも思います。

 

SDGsは2016年1月1日に発効をしました。ずっとこうした問題に取り組んできた方にとっては当ブログのタイトル「こっそりとスタートしている」は失礼かなとも思いましたが、実際わたしの周りを見渡してもまだそれほど知られている概念ではないというのも事実です。

 

それぞれ複雑な事情を持つ国々やセクターがさまざまな立場の違いを超えて、17のゴールと169のターゲットという合意が全会一致でなされたこと、そして発効に至ったこと自体が本当に素晴らしい成果です。

 

そのことに長い時間、全力で取り組んできた方がいたことに感謝と敬意を感じつつ、ここから地球で暮らす1人1人が自分なりのスタンスでSDGsに関わっていくことになるでしょう。

 

こちらにSDGsの17のゴールを簡単にまとめてみました。ぜひ自分の普段の仕事や生活を思い浮かべながら17個を眺めてみてください。そして気になること、できること、なぜだか興味を引かれるものなど、ぜひ感じるところからスタートしてみてください。

 

(ちなみに僕はゴール12「つくる責任 つかう責任」~持続可能な消費と生産のパターンを確保する~というのがなんだか好きです)

 

当サイトでも現在から2030年までの世界を体験できるシミュレーションゲーム「SDGs2030」を積極的に実施していきたいと思います。体験してみたい、仲間を集めるので開催してほしい、など希望がありましたらTOPから開催スケジュールをご確認いただくか、「問い合わせ」からお気軽にご連絡ください。

持続可能な開発とは?(字幕つきなので音声なしでも見られます)

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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