社会によい仕事をする人が増えても世の中はよくならないかもしれない

僕は20代の前半からずっと仕事によって世の中をもっとよくしたいと本気で考えていて、努力もしてきました。

でも仕事を通じての社会貢献ばかりに意識を向けすぎて、とても大事な視点をおざなりにしてきたなーと最近思うのです。

それはお金をどう使うか、ということです。

この点について注意の払い方、意識の向け方が足りなさすぎました。それが最近とても明瞭になってきたのです。

つまり、

・自分の仕事が世の中のどんな役にたつのかについて、真剣に考えている人はたくさんいる。

・その一方で自分が得たお金の使い方が、世の中にどんな役にたつのかを同じくらいの真剣さで考える人は少ない。

ビジネスにおいて利益イコール社会貢献や環境保全とは必ずしもならないのは、今の世界の常識と言われるもののひとつだと思います。

ただそれは、実は僕たちの社会全体がこの真剣さのバランスを欠いていることを反映しているだけかもしれない。

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わかりやすいように少し誇張して例えてみると、こんな感じです。

 

ビジネスパーソンA:
「私だって環境負荷を考えたら個人的にはa素材を使いたい。でもaだと価格が高くなりすぎて消費者は買ってくれません。個人的には仕事を通じて世の中にも環境にも貢献したいと思っているので、もう少し道がないか探ってみます。もしかしたらこの商品では現実と折り合いをつけて多少妥協することになるかもしれません。でもそれでも一歩一歩、あきらめずにやり続けますよ」

 

消費者B:
「あ、特売だ。こっちのほうが安いなー。こっちにしよ」

 

ビジネスパーソンAは、自分の仕事が世の中にどんな役にたつかについてとても真剣です。一方消費者BはそんなAの苦悩などどこ吹く風で価格こそが大事なようです。

ここで言いたいのは「B、しっかりしろよ!」みたいなことではなくて(笑)

ビジネスパーソンAも自分がお金を使うときに、仕事に対するのと同じくらいの真剣さ、注意の向け方、情熱で買い物をするかというと、あんがい消費者Bのような感じなのかもしれないということです。

少なくとも僕は(消費者Bほどお気楽ではないけれど)大差のない購買行動を無意識にしていることが多かった。

ビジネスは結局、買ってくれる人がいるならばどんなサービスや商品も作ります。

その点を踏まえれば社会をよりよくするために必要なのはよい仕事をすることよりも、よい買い物をすることだとも言えそうです。
逆にいえば、いくら社会によい仕事をする人が増えても買い方が変わらなければ世の中は変わらないかもしれない。

正確にはよい買い物とはいろんな価値観があるので一概には言えないのだけれど、

・自分の買い物が世の中にもたらす影響を注意深く観察すること
・自分がどんな世の中で生きていたいのかを知ること

ここに世界をよりよい場所にするための鍵があります。

 

 

今、仕事観を問うたり見直したりする講座やワークショップは非常に高いニーズがあります。キャリア教育という名前で大学をはじめ今や初等教育段階でも導入されており、完全に市民権を得て定着した感があります。それだけみんなの関心事だということです。

ただこうした状況はごく最近生まれたもので、せいぜいここ20年くらいの動きじゃないかと思います。

 

一方、消費行動についてはどうでしょうか。僕は、きっとこれから消費購買行動が仕事と同じように「観」を問われる、人生表現のひとつで、やりがいや喜びを伴うものへとその存在が変質していくと思います。

 

そして買い手側に「購買観」の深まりや喜びのきっかけを提供できるようなサービス、ビジネスが評価され、買い支えられ、伸びていくはずです。

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ここから僕たちの新しい創造が始まります。

 

購買行動を観察したり、創造したりすることを楽しみ、喜びとしてやっていくことが僕たちにはできます。地域通貨の変型版のような「サポート通貨」もそれを促進すると思います。
(サポート通貨についてはまた改めて書いてみたいと思います)

→2016年4月28日追記「通貨にはいろんな顔がある。サポート通貨がひらく新しい世界

 

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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