ゲームチェンジラボをやろうとおもったわけ

ゲームチェンジラボの稲村健夫です。

 

今日はゲームチェンジラボをやろうと思いついた背景について書きたいと思います。人材育成とか組織開発に携わる人にはちょっと興味深い話かもしれません。

 

僕は普段プロジェクトデザインという会社の東京支社として活動しています。
プロジェクトデザイン社は富山県にある、ビジネスゲームを使った人材育成支援をしている会社で、僕の15年来の友人である福井信英氏が作った会社です。

(ちなみに福井氏はゲームづくりに関しては一種の天才だと僕は思っていて、日本を代表するような有名企業が彼&プロジェクトデザイン社にゲーム制作を依頼してきます)

 

僕は、彼が作ったいくつかのビジネスゲームをファシリテートして企業研修をやっているのですが、その中で気づいたことがあったのです。

 

それは「ゲームがうまく行っている方が学びが深い」という点です。少なくとも僕自身が従来もっていた”学習観”からすると、うまく行かずに失敗したときのほうが学びが大きいと思っていたし、企業研修でもちょっと難易度が高く=うまく行きにくいように設定して実施していました。

 

ところが実際はちょっと違うことが起き始めたのです。

 

例えばゲーム後の振り返りで「どうして今回のような結果になったのでしょう?」と問いかけたとします。

 

うまく結果がでなかったチームは、不本意な結果にプライドを傷つけれたように感じるのか、振り返りが非常に浅くなる傾向があります。別の言葉でいうと「痛くて嫌だからもう考えたくない」っていう感じです。

 

もしくは日本人にありがちな「まことに申し訳けございません、申し開きの余地もございません」的なモードになったりするチームもあったり、ゲームの設定そのものへの不満や運の悪さに矛先が向けられる場合もあります。

 

いずれにせよ傾向として、ゲームプレイがうまく行かないときは振り返りに向かうモチベーションがあがらず、結果的にテキトーな振り返りになることがよくあります。

 

逆にゲームプレイが好調だったチームからは出るわ出るわ、「私たちのよかったところ」がざっくざっく。おまけに「もっとこうすればさらにこんな可能性があったよね~」と聞いてもいないようなことまで答えてくれる(笑)

 

実はこれってけっこう当たり前のことで、やっぱり気分が乗っているときのほうが視点も広く持てるし、可能性にも目が行くようになります。この感覚は本物のコーチングとかAI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)にもとづくインタビューとかを体験したことがある人ならわかると思います。

 

一言でいえば上司に「お前、なんでこれできなかったの?理由は?」みたいに詰め詰めモードでこらえると普通は「自分の価値を証明しなくちゃ」モードになりやすいしディフェンシブになるし委縮し思考や発想の幅も限定的になります。

 

逆にうまく行っていったときに受けるヒーローインタビューみたいにして「どこが成功のポイントだったんですか?」とか「苦難をどうやって乗り越えたのですか?」みたいに聞かれればどんどんアイディアは開いていくし、視点は自由になって可能性が拡がっていく。

 

ま、ちょっと長くなりましたがそんなある意味当たり前といえば当たり前のことに、ゲームのファシリテーターをやっていて気がついたわけなんです。


 

で、もうひとつ僕自身がすごく萌えるジャンルがあります。

それはソーシャルデザインとか持続可能性とか、そんなキーワードで語られるものなのですが、
僕なりの言葉でいえば「もっとよい社会のカタチってきっとあるはずだよな」という感覚がいつもあります。

今の環境負荷とか経済の不安定さとか社会構造・心理の状態がいいと思っている人は少ない。過去に機能していた部分が大きな流れでは機能不全に向かっている。つまり社会全体がバージョンアップをするタイミングにさしかかっています。

 

で、たまに社会問題をとらえたドキュメンタリー映画とかを見に行くことがあるのですが、
その現実を目の当たりにした上映直後の人々の反応は、ほぼ以下の2つに収れんされる感じがします。

 

すなわち

・問題の大きさ、厳しさに呆然として絶望の中で動けなくなる

もしくは

・義憤に燃えて憎き敵を必ずや打ち倒すor改心させてやるモードになる

(相手は巨大資本だったり政治だったり無知な市民だったりさまざまです。今や世界は、水戸黄門の世界のように一人の悪代官を倒したらみんなhappyになるというシンプルな状況ではないとは思うのですが、心情的にはわからなくはないです)

反応は人それぞれ自由だしいろいろあるのが自然だと思うのですが、
完全に僕の好み、世界観でいうと上記2つともなんだか効果的な感じがしないんですよね。

 

逆に欲しい未来に向かって着実に行動している人は、社会課題に向かっているというより自分の楽しさに向いているような感じがします。またうまく行かない現実よりもうまく行っている未来に意識を向けていています。そしてその世界を具体的にイメージしたり感じたりしています。

 

そんな風に考えたときに、先のビジネスゲームの振り返りの状況と社会の現状を見たときの人の反応が重なったのです。

 

確かに現実の社会はいろいろ課題があります。
そしていろんな制限だったり一人ではどうにもできないように見える巨大なシステムが動いていたりもします。

 

だからこそゲームというバーチャルな体験の中で社会を動かしてみたらいいと思うのです。

 

ゲームを通じた体験は、言葉で語るよりももう少し身体的な経験、感情的な経験を含みます。なぜならやっぱり人間なのでゲーム中でも感情が動くし、社会を動かした感覚は体感覚として自分の中にうっすら残るからです。

 

ただ、ゲームも「出来レース」みたいだといまいちです。成功できるように設計された、道徳の教科書みたいなものだとあんまり意味がありません。

 

むしろリアルな世界のシステムを反映させたゲームで、何度も世界を救ってみたり崩壊させてみたり、憎み合ってみたり助け合ってみたり、いろいろやることで気づきや可能性が開いていくんだろうな、と。

 

そんなことを考えて作ったキャッチコピーが「欲しい未来をゲームでアトオシする」です。

 

ブログ|ゲームチェンジラボ

 

そう、ゲームは体感覚や思考のクセに変化をもたらす可能性がある。
そしてそのことが欲しい未来を実際に作っていくためには重要です。

 

幸いにして僕はゲーム作りの天才である福井氏とお友達(笑)

 

いや、正確にいうと彼自身も会社の理念に「地球環境との共生」をうたうように、現在の世界を取り巻くシステムの変容が必要だと信じる人間です。二人でブレストを重ねて2030SDGsThe Essentialsが生まれました。

 

SDGsやThe Essentialsなどゲームによって、今のゲーム(=社会の当たり前)が変わっていく流れを後押しできるといいなぁ、そんな風に考えています。

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